tsugái eyewearデザイナー、北村 拓也さんインタビュー
2024年6月6日、京都に工房兼ショップをオープンしたtsugái eyewear。デザイナーの北村拓也さんは、メガネの産地である福井県鯖江市でメガネ職人として活動。その後、フランスの老舗メガネ工房Dorillat社でオーダーメイドフレームの製作を手掛け、職人として活動をつづける。2019年に帰国し、京都の伝統工芸の名工から「布目象嵌(ぬのめぞうがん)」を学ぶ。この技法は、世界的にも最も古い工芸装飾のひとつであり、刀の鍔(つば)にも使用されていたもの。地となる金属の表面を彫り、そこに24金などをはめ込んで模様を表す技法。
伝統工芸の技術を取り入れながら新しい表現を追求している。「眼鏡職人 x 伝統工芸 に化学のエッセンスを」というコンセプトのもと、2024年にtsugái eyewearを立ち上げる。このインタビュー記事では、tsugái eyewearのメガネについて、北村さんの日本およびフランスでの職人としての経験、そして今後の展望について伺った。(上:tsugái eyewearデザイナー北村拓也さん)
ブランド名のtsugái eyewearには、どのような想いが込められているのでしょうか?
tsugái とは古語の「番ふ(ツガフ)」に由来しています。「番ふ」とは、異なるものが一対になるという意味です。たとえば、「伝統工芸技法とメガネ製造技法」や「お客さまのアイデアと私の技法(コラボレーションやオーダーメイド)」といったように、tsugái eyewearには2つ以上の事柄が一つになってほしいという思いでつけました。
(上)tsugái eyewearのフレーム。ギャラリーワッツでの展示にて。
tsugái eyewearの特徴として、日本の伝統工芸である布目象嵌をメガネの金属部分に使用していること、そして一本一本が手作りであることがあげられます。2023年まで、京都の伝統工芸の名工のもとで修行を積み、同時期に金工や漆工の技術も磨かれています。伝統工芸の世界に足を踏み入れたきっかけはなんでしょうか?
いろいろな思いがあってこのような勉強をはじめたので、説明がむずかしい部分もあるのですが...。
まず、ものづくりに関して、わたしが理想と思っている産業が時計産業です。時計産業では、スウォッチのような低価格帯のものから機械式時計、何千万もする時計、そして昨今のスマートウォッチまで、多様な製品がそろっています。これらが非常にバランスよく成り立っている産業だと感じています。メガネ業界もこの様な産業になって欲しいと思っており、そのためにわたしは伝統工芸を勉強することを決めました。
メガネ枠製造は産業として、とても発展してると思います。その結果、メガネを作るための道具、機械も充実しており比較的かんたんにメガネフレームを作れます。そのため、価格差をつけるためには高級材料や天然素材などを用いるくらいしか出来ていないと思っています。そんな状況で、職人の技術によって差別化を図りたいという思いから、伝統工芸を勉強しました。
(上)ひとつひとつ手作業で削られたアセテートのフロント部分。上のフロントは、石の質感を意識して作成されている。
(上)北村さんが手作りした作業道具。
京都の職人のもとでの修行は、北村さんにとってどのような経験でしたか?とくに印象に残っていることはありますか?
京都での修行は丁稚(でっち)だったので、修行以外は寝る暇なくバイトをしていました。それはさておき、伝統工芸の産業は、なぜ「伝統」工芸なのかということを身に染みて感じました。
メガネ産業のように機械を多用する産業と異なり、伝統工芸では機械などをつかう工程は少ないです。なぜ機械をつかわないのかとなると、手でしか出来ない仕事ももちろんたくさんあるのですが、産業として非常に小さく、そのため機械が導入されなかった産業が伝統工芸になっていったのだなと考えさせられました。
(上)手作りの虫の作品達。
伝統工芸の技法とメガネの製造を融合させることは、容易ではなかったかと思います。とくに苦労された点や、それを克服するために取り組まれたことはなんでしょうか?
伝統工芸の技法を部分的につかうのであれば、伝統工芸の職人の方とのコラボでも可能だと思います。しかし、わたしの場合はコラボではできないことをすることを目指していました。具体的には、漆を塗った金属部品をアセテート素材の中に入れているのですが、これはメガネ産業でいう「芯張り」という技法をベースにしてますが、漆が疎水性のため芯張りには適していませんでした。
この問題を解決するために、有機化学の知見を取り入れ、接着性を向上させる薬品などを添加し、漆をアセテート素材の中にしっかりと閉じ込める技術を開発しました。このように、伝統工芸の技法を応用するためには、化学的なアプローチも取り入れる必要がありました。
(上)ひとつひとつ手作りをしている金属部品。布目象嵌という技法を用いて24金を埋め込んでいる。また、エイジングの表情を出すために漆に炭を混ぜ、凹凸のある表面仕上げを施している。
メガネケースも手作りで製作されています。こだわりの点など教えてください。
メガネケースは桐箱をロウ引きで仕上げています。ロウ引きは、伝統木工芸の桐たんすなどを仕上げている方法で、ロウ(蝋)を引いて艶をだします。メガネケースを外注でお願いすると考えたときにあまり良いのがなく、それだったら自分で作ってしまおうと思いました。最初は漆で作ったのですがコストがかかりすぎたため、最終的に蝋引きで仕上げた桐箱に落ち着きました。メガネケースは妥協したくなかったので、時間をかけて高級感のある桐箱を手作りしています。ショップやユーザーの方々にはお伝えをしていますが、実際には持ち運びにはおすすめではないのですが、自宅での保管用になるかなと思います。
(上)tsugái eyewearの桐箱のメガネケース。
伝統工芸の技法をメガネ作りに取り入れて、ショップやユーザーの方々からどのような反応がありますか?とくに印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
これといっては印象的なエピソードはないのですが、伝統工芸の技法を使っているものの、いわゆる「伝統工芸」のように見られてはいけないという思いで作っています。その狙いは、お店やユーザーの方々にも伝わっているようには感じています。
2019年までの4年間、北村さんがメガネ職人として活動していたフランスの老舗メガネ工房Dorillat社では、オーダーメイドフレームの作成をされていたとのことですが、どのようなお客様がどのようなメガネをオーダーされていたのでしょうか?また、北村さんにとってオーダーメイドのメガネの魅力とはなんでしょうか。
具体的な人物名は出しづらいのですが、大統領や国王といった方々をはじめ、一般的なメガネブランドを掛けられない方々が世の中にいるんだなと感じました。前職では、この様な方々にもメガネを作っていました。市販品では対応できない、満足できない方にとって、オーダーメイドは最上級の選択技なのではないでしょうか。
また、フランスでは眼科が非常に力を持っています。たとえば、眼科で処方箋をもらう際に、鼻の形をみて「あなたはこういう鼻の形なので、こういうメガネをあなたは買った方が良い」と眼科医が勧めることがあります。これは日本ではあまり見られない光景かと思うのですが。それほど鼻の形はメガネのかけ心地に影響します。その処方箋をメガネ屋さんに持っていくと「この形の鼻のやつはないんだ」とか「このモデルが欲しいけど鼻の形が違う」となると、オーダーメイドで対応することになります。あとは、祖母がつかっていたメガネを再現したいという依頼などもありました。もうボロボロでメーカーもわからない場合、同じデザインのものをオーダーメイドで作ることもあります。
フランスでは、鼻の形などが(鼻だけではないですが)異なる白人、黒人、アジア人がいますが、例えば白人の方が掛けているフレームを黒人の方が掛けることはできません。そのため、鼻の部分だけ形状を変えるなどしてオーダーメイドを行うケースもあります。フランスではそういった例がありました。
(上)フランスの老舗メガネ工房Dorillat社で、職人として活動していたときの作業場の様子。
フランスと日本の職人、それぞれの国で活動されてきた中で、北村さんが感じた違いはなんですか?
フランスの職人、とくにわたしが知り合ったフランスの扇子職人の方との出会いはわたしにとって大きな衝撃でした。その方はフランスの人間国宝でありながら、扇子職人であるだけでなく、折り紙や和紙の技法を学び、それらを自身の作品に取り入れていました。とても柔軟な姿勢を持っていて、ジョブ(仕事)としては扇子職人でありながら、多様なスキルやアビリティー(能力)を持っていたんです。
日本では、一つの技を極めることが職人としての美徳とされていますが、フランスの職人のように、複数の技法を組み合わせ、新しい表現を生み出すというスタイルも現代において非常に重要な視点ではないかと考えています。私も金属加工や漆など、様々な技法を融合させています。ときには「上っ面なやり方だ」と批判されることもあるかもしれません。しかし、私はこうしたアプローチが重要だと思ってやっています。
メガネフレームのデザインをする上で、どのようなことにインスピレーションを受けていますか?
できる限り、名称のあるデザインはしたくないと思っています。ラウンドや、ウェリントン、クラウンパントなど。ただメガネ屋さん、お客さまが求めるデザインはこういった名称のあるものが多く、もどかしさを感じながらデザインをしています。
今後のtsugái eyewearの活動について教えてください。
今のところイベント等の予定はありません。海外での販売に力を入れたいです!
(上)2024年6月6日に京都にオープンした工房兼ショップ「tsugái eyewear」。店舗内では、北村さんが制作を行っている。
tsugái eyewear
【眼鏡職人 x 伝統工芸 に化学のエッセンスを】
眼鏡業界において多くの金属部品は量産を目的としたプレス加工により作成されております。それに対し私の作る眼鏡は200年、300年前から刀の鍔などに使用されていた伝統工芸の技法を用いています。また、高分子化学の知見により、伝統工芸の技法と眼鏡製造技法を繋ぐ事を可能としました。
インスタグラム:@tsugai.eyewear
工房兼ショップ「tsugái eyewear」:京都府京都市南区西九条大国町3-1 ノアーズアーク東寺
EYEWEAR CULTUREスタッフあとがき
わたしが北村さんとは初めてお話しをさせていただいたのは、2023年秋のメガネ展示会でした。オリジナルの手作りの木箱に収められたメガネが印象的で、一本一本手作りされたフレームを丁寧に拝見させていただいたことをよく覚えています。今回のインタビューを通して、わたし自身も日本とフランスの人間国宝制度、そしてその違いについて大変勉強になりました。日本とフランスのものづくりの経験を持つ北村さんが手作りする一点物のフレームは、変化し続ける世の中でも確かな価値を持っていると感じます。
For interview in English press here.